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大阪地方裁判所岸和田支部 昭和47年(ワ)33号 判決

原告 トヨタカローラ南海株式会社

被告 小倉博 外二名

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

被告らは各自原告に対し金一三一万七、三六五円とこれに対する昭和四七年三月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  被告小倉博(以下被告博という)は昭和四二年四月一日原告会社の従業員として雇用された。その際、被告博の父である被告小倉利之助(以下被告利之助という)及び被告博の従兄弟である被告小倉芳邦(以下被告芳邦という)は、被告博に不都合の所為あるか、又は過失、不注意に基く場合であつても、これがため原告会社に損害を蒙らしめたときは被告博と連帯して賠償の責に任ずる旨の身元保証契約を締結し、その期間を向う五年間と定めた。

二  ところが、被告博は昭和四六年八月四日午后二時五分頃貝塚市鳥羽一五五番地の八先路上において原告会社の業務のため、同社所有のカローラ乗用自動車(登録番号泉55そ5253)を運転して東から西へ向い走行中、自動車の運転手として遵守するべき前方注視義務を怠り、前記場所を自転車で横断中の大野朋宏(当時七年)に接触、転倒させ、同人を左側頭骨骨折兼脳挫傷、左下腿骨骨折の傷害により翌五日午前九時一〇分死亡するに至らしめた。

三  原告会社は、右事故の状況ならびに結果により判断し、その損害賠償額は自賠責、任意保険金のみでは解決し難いと考え、被告博、同利之助らに、被害者に対する賠償について誠意ある交渉に当るよう申入れたにもかかわらず被告らの積極的協力を得られなかつた。そこで、原告会社が挙げて被害者実父と交渉努力した結果、昭和四六年一二月七日葬儀費金二一万二、三一九円、治療費金三万四、四五九円、慰藉料ならびに逸失利益による損害金七三〇万円を支払うことで示談が成立した。ところで、本件事故については自賠責、ならびに任意保険金として合計金六二五万円の支払を受けたので、原告会社が負担した賠償額は差引金一二九万六、七七八円となる。また原告会社は被告博が供物料として支弁した金二万五八七円を仮払金名義をもつて同被告に支払つたが、同被告は未だにその弁済をしない。

四  よつて原告会社は、被告らに対し、本件求償金として連帯して合計金一三一万七、三六七円とこれに対する被告らへの本訴状送達の日の翌日である昭和四七年三月一日から右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めて本訴に及ぶものである。

第三請求原因に対する被告らの認否

請求原因一、二の事実を認める。同三のうち原告会社がその主張の頃被害者の実父との間で主張の額の金員を支払うことで示談成立したこと、自賠責、任意保険金として合計金六二五万円の支給を受けたことを認める。但し右示談金が被害者側に現実に支払われたかどうかは不知。その余の事実はいずれも否認する。

同四は争う。

第四被告らの抗弁

一  本件求償権の行使は信義則に反し権利の濫用であつて許されない。仮に許されるとしても過失相殺の法理によつて制限されるべきである。

すなわち、自動車運行供用者の被用者に対する求償権については自賠法四条により民法七一五条三項の類推適用があるとされている。しかし、自賠法三条はもとより民法七一五条一項の責任も本来使用者自身の責任であつてそれ自体から被用者への求償が当然に根拠づけられるものではない。しかも他人を使用し利益の大半を取得する使用者に比し、被用者は低額の賃金を取得するにとどまるのであつて、少くとも全額の求償を求めることは社会生活の現実にも甚だしくそぐわない。本件の場合、

(一)  被告博は昭和四二年三月高校卒業后直ちに原告会社に就職し、本件事故発生まで満四年五か月間何らの過ちもなく精励格勤して来た。事故当時は原告会社の中古車部に所属し、常時、社用車を運転し主として原告会社岸和田営業所同貝塚営業所を駆け回りその担当業務(外廻り)に従事し一か月約四万円の低賃金を支給されていたに過ぎない。

(二)  本件事故は、主として被害者大野朋宏(当時満七年)の過失によつて惹起された。同人は小学一年生として事理を弁識するに足る知能を具えていたことは明らかであるが、唯一人足踏自転車に乗り、事故現場である信号機のない丁字路交差点を右折するに当り南側道路の中央線付近から急に同交差点内に進入して被告博運転の車両前方に飛出たため、同被告はとつさに急制動の措置をとつたが及ばず本件事故に至つたものである。被告博車は直進車であり、同被告としては進路前方左側の被害者の東側に被害者の友達数名が一団となつて立止つていたため、その西側(向う側)に居た被害者の姿を発見し難い状況にあつただけでなく、その一団の子供達の影から、急に一人だけ被害者が法規に違反して交差点内の自車進路前方に進入してくるとは予想もできなかつたのである。従つて被告博の過失は、被害者の過失に比し軽度であり、その過失割合は被害者八、被告博二であると考える。

このように、本件事故は被告博の悪意又は重過失に起因するものではなく軽度な過失により発生したにすぎず、そのためか致死という重大なる結果を生じたにもかかわらず被告博は単に罰金五万円の刑事処分を受けたのみである。

(三)  原告会社が被害者側と成立させたという逸失利益並びに慰藉料に関する示談金七三〇万円は被害者の前記過失を勘案した場合過大に過ぎ適正を欠くものである。また、原告会社が支払を受けた自賠責、任意保険金合計金六二五万円と右示談金との差額について被告博が原告会社に償還することを約定し又は承諾した事実はない。

本件事故車については強制保険のほか、金額二、〇〇〇万円の任意保険契約が締結されていたから、本件事故后、被告博、被告利之助及びその代理人らにおいては原告会社に対し再三被告一家の窮状を訴え、被告らには到底賠償の資力がないから被害者遺族との示談は保険金の範囲内で処理して欲しいと懇請した。原告会社は被告らのこれら懇請にもかかわらず、その承諾をえずしてあえて本件高額の示談をなしたものである。かような事情からすれば、本件示談金は、その差額を原告会社自ら負担する意思に出たものであるならともかく、これを被用者たる被告博や身元保証人であるその余の被告らに償還させることを前提として取結んだ不当に高額な示談であるといわざるを得ず、結局は裁判によつて適正な賠償額を定めるべき筋合であつたのである。本件の場合車輛に強制保険のほか、右のとおり金二、〇〇〇万円の任意保険が附されており、もし裁判によつて適正な損害賠償額が確定された場合には、たとえその額が本件示談額をはるかに上回るものであつたにせよ保険金で優にこれをまかない得べき場合であつた。

以上(一)、(二)、(三)で述べた事情からして明らかなとおり、本件求償権の行使は、信義則に反し権利の濫用というべきであつて到底許されず、仮に何らかの義務を被告博が負うとしても、その額は過失相殺理論の適用によつて大幅に減額されるべきである。

二  身元保証人である被告利之助、同芳邦らには責任がない。仮に被告博において何らかの求償債務があるとされる場合でも、同被告の身元保証人である被告利之助、同芳邦両名に対する損害賠償請求は左の事情を参酌すれば許されず、仮に責任あるとしてもその金額につき充分に考慮されなければならない。

(一)  本件身元保証契約は被告利之助、同芳邦らが被告博の父又は従兄弟として専ら親族としての情実関係に基きなしたもので、被告博の就職の条件として已むをえず事実上原告から強要されたと同一視すべき状況下においてなされたものである。

(二)  本件身元保証書の徴収にしても単なる郵送でなされており、この点から見ても原告も被告博の入社採用につき単に惰性的慣行として身元保証書を徴したものである。

(三)  被告博は原告会社に入社した当時は、中古車部車輛管理課員として下取車の修理等の業務に従事し、いわゆる内勤であつたが、三年経過后同部査定課に配置換となり外勤に転じた。このような場合原告は身元保証人である被告利之助、同芳邦らに対して遅滞なく右の事実を通知すべきところその義務を懈怠している。

(四)  被告博が本件事故を惹起したのは昭和四六年八月四日であるが、被告利之助、同芳邦らの身元保証期間五年の満了する僅か八日前の出来事であつた。

(五)  元来、身元保証責任は高度に未必的な債務であり、現実に賠償責任を負うことは先ずあるまいとの予測のもとに比較的軽率にこれを引受ける場合が多いのであるが、本件の場合も正にそのとおりである。

(六)  被告博の本件事故は同被告の単なる過失に出たものであつて故意に基くものではない。

以上の諸事情に加えるに「身元保証に関する法律」第五条により、本件身元保証契約の一切の事情を斟酌すれば、被告利之助、同芳邦に対する原告の請求はいずれも失当であり棄却さるべきであるが、仮に然らずとするも大幅に減額されるべきである。

第五抗弁に対する原告の認否

被告ら主張の抗弁はいずれも強く争う。

第六原告の反論

一  被告らは、原告の求償権行使が信義に反し権利の濫用であり許されない旨主張しているが理由がない。

元来、使用者責任が認められたのは被害者保護の立場からであり、被害者救済のため民法七一五条により使用者責任を特別に認めたのである。従つて、被害者との関係では使用者も責任を負わなければならないが、被用者との関係では本来的な責任者は過失により損害を生ぜしめた被用者であることは当然である。従つて、使用者に求償権が認められたのは本来の責任者が被用者であるという民法七一五条の構造から当然のことであるし、また使用者は被用者との契約関係に基く債務不履行としてその責任を追及することができるのであつて、民法七一五条三項はそれによる求償を妨げないことを注意的に規定したものである。

また、被告ら主張のように本件事故がたとえ被告博の軽度な過失によつて生じたものであつても、私人間においては国賠法二条の適用はない。

二  仮に解釈上使用者の求償権行使が権利の濫用になる場合があるとしても、学説、判例で認められているのは使用者側に何らかの賃金の低廉、労務の過度、企業施設の不十分、規律の乱れ等が存在し、これが事故の原因になつていると認められる場合である。しかしながら、被告博の惹起した本件事故につき原告会社の側に一切右の要件にあてはまる事情は存在しない。

三  被告らは本件示談金が不当に高額である旨主張するが、そのようなことはない。

原告会社が被害者大野朋宏の実父同秀男との間で和解した本件示談金のうち逸失利益と慰藉料合計金の算出方法は次のとおりである。

(一)  逸失利益 金四四七万四、〇〇〇円

月収 金四万二、〇〇〇円とする。これは昭和四五年度賃金センサスの全産業常用労働者の男女別一八-一九才の「きまつて支給する現金給与額」に「年間賞与等特別給与額」を加えたものを参考にした。

就労可能年数 四五年(一八才-六三才)

新ホフマン方式係数 一七・七五四

生活費控除 五〇%

(42,000×12)×0.5×17.754 = 4,474,000

(二)  慰藉料 金三〇〇万円(合算額)

以上合計 金七四四万七、四〇〇円

右示談金の算出方法は大阪地方裁判所における損害額算定基準に合致しており客観的にも妥当である。

第七証拠〈省略〉

理由

一、請求原因一、二の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

二、原告会社が本件事故につき被害者の実父と示談交渉をなし、昭和四六年一二月七日葬儀費金二一万二、三一九円、治療費金三万四、四五九円、慰藉料並びに逸失利益による損害金七三〇万円を支払うことで示談が成立したこと、原告会社が本件につき自賠責ならびに任意保険金として合計金六二五万円の支払を受けたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いがない甲第一号証の一、甲第二号証の二、証人七田進の証言を総合すると原告会社は被告博がそなえた供物料等金二万五八七円を被告博のために仮払いしていることが認められる。

原告会社は、本訴において右示談金と保険による給付額との差額に右仮払金を加えた分の合計金一三一万七、三六七円の支払を被告らに対し求償するものである。

三、そこで被告らの抗弁について検討する。

ところで、今日の報償責任あるいは企業責任の観点から民法七一五条一項と三項の関係をみてみると、被用者に対外的責任を負わせることは勿論、対内的にもその損害の不利益をことごとく被用者の負担に帰せしめることが妥当でない場合のあることを否定できない。けだし、使用者はまさに被用者の行為により利益を収めているのに反し、被用者は、使用者の命ずるがまま一人間機械として企業に貢献するものの業務の執行中における軽度の過失に基因する損害の全てを一被用者に対内的にもせよ全て求償しうるものとすることは公平と条理とに照らし妥当ではない場合があるからである。

ところで、使用者は被害者に対し民法七一五条一項により自己責任としての損害賠償義務を負い、被用者も同法七〇九条の要件を充足する限り独立に対外的責任を負うわけであるが、同法七一五条三項の求償権規定は、被害者に対して相互に責任を負う者の不真正連帯債務内部における雇用契約等の特別の関係の存在に基き求償を求めうるとするものであると解され、その行使は事故発生に至る縁由から損害の賠償に至るまでの具体的な事実関係に照らし相互の契約義務違反の程度を比較較量することによつて具体的な責任分担の決定を行つていくのが妥当である。

成立に争いがない甲第一号証の一、二、甲第二号証の一、二、甲第三号証、乙第一、第二号証、第三号証の一ないし三、乙第四ないし第六号証、乙第九号証、乙第一〇号証、被告利之助本人尋問の結果によりその成立が認められる乙第一三号証、証人播谷元男、同七田進、同堀良雄、同高瀬秀雄の各証言、被告博(第一、二回)、被告利之助(第一、二回)、被告芳邦各本人尋問の結果を総合すると次のとおりの事実が認められる。

(一)  原告会社は自動車販売、修理、オイル類の販売等を業とし、資本金五、〇〇〇万円、授権資本金二億円で、堺市浜寺に本社を有し、本社、営業所合わせて約八〇〇名の従業員を有している。

(二)  被告博は昭和四二年三月府立和泉工業高校を卒業して后、原告会社に入社した。当初は原告会社中古車部業務課に配属され車輛管理員をしていたが、昭和四五年四月中古車部査定課に配転され、いわゆる外勤として下取車の価格査定員として、原告会社岸和田営業所、同貝塚営業所、オート南海岸和田の三ケ所を一人で担当し、常時社用車を運転して駆け回つていた。本件事故当時被告博は一か月約金四万円の給与を得ていた。被告博は、本件事故以外勤務に関して原告会社に損害を与えたことはなく、昭和四三年一二月に優秀社員として、昭和四六年一二月には皆勤賞として夫々、原告会社から表彰されたことがあり、その勤務成績は良好であつた。

(三)  被告博は、昭和四二年二月二三日普通運転免許を取得し、本件事故に至るまで約四年六か月の運転経験を有していたが、それまで交通違反歴、事故歴はなかつた。昭和四六年八月四日午后二時五分頃、被告博は業務のため、原告会社所有の本件自動車を運転し、時速約五〇キロメートル(制限時速四〇キロメートル)で本件事故現場である交通整理の行われていない丁字路にさしかかつた。当時は土砂降りの雨中で、ワイパーを使用しつつ同所を直進通過しようとしたところ、進路の約二五メートル左前方に四、五人の子供の一団が立ち止つて道路横断のため自動車の通過を待機しているのを認め、そのまま通過しようとしたところ、ほぼ同時位にその向う側の影から突如被害者の大野朋宏(当時七才)の足踏自転車が右丁字路を斜めに右折横断するのを認め、急制動したが及ばず同人と衝突し本件事故に至つた。

被告博は本件事故により罰金五万円の刑事処分、免許停止六〇日(その后免停三〇日に短縮)の行政処分を受けた。

(四)  原告会社は本件事故車に対し金二、〇〇〇万円の任意保険に加入していた。本件事故后、原告会社と被害者の実父との間で示談交渉がなされた。被害者側は当初金一、三〇〇万円位を原告会社に対し要求し、原告会社は当初金五〇〇万円位を提示したが、二次目に金七〇〇万円を提案した。被告博、同利之助、被告博の兄の友人堀良雄らは被告博の給料が安いこと、被告利之助は無職であり資力のないことを理由に原告会社に対して保険の範囲内で示談して欲しい旨懇請し、保険金額を超過する示談を行う場合には、裁判所で相当額を決定して貰う様希望した。原告会社は、保険金額の範囲内で示談したいが、被害者側との交渉の結果、超過する場合は超過分を被告博に負担して貰うとの基本方針の下に本件示談に臨んだ。

昭和四六年一二月七日原告会社と被害者側との間で本件示談が成立した。右示談は慰藉料を金三〇〇万円とし、昭和四三年当時の逸失利益計算方法に基き逸失利益を算定して算出したものであるが、その時点で任意保険から金六二五万円しか出ないことが判明したものの、被害者側の気持を汲んで原告会社において任意保険金額を超過する本件示談を成立させたものである。右示談成立に際して、被告博、同利之助らはこれを承諾してはいない。原告会社は本件示談后、超過分を被告らに対して求償を請求したが、被告らはこれを拒否し、原告会社は本訴を提起するに至つた。

(五)  被告博は実父たる被告利之助、母の三人家族である。被告利之助は齢六四才で無職無収入であり被告博に生計の負担をかけている。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実を前提として、本件の具体的な責任の分配について検討する。

ところで右の事実によると(一)原告会社は自動車の修理、販売を業とする株式会社であるが、被告博はこれに雇用され、本件事故に至るまで約四年と四か月の勤務を誠実に行つて来たものであるところ、昭和四五年四月からはいわゆる外勤として常時、社用車を運転して原告会社営業所の界隈を駆け回つていたものであつて、原告会社の業務にとつて、被告博の自動車運転行為は必要不可欠であり、被告博にとつては、自動車の運転が四六時中その業務遂行の必要条件となつていたものであること (二)被告博は本件事故当時、月額金四万円の給与を得ていたものであるが、右給与はその当時の給与水準に照らしても高いものとはいえないこと (三)被告博は、本件事故を惹起したという以外は、いわゆる優良社員であり、原告会社からその趣旨の表彰を二回も受けていたものであること (四)被告博は、その業務の一内容をなしていた自動車運転に関しても違反歴、事故歴はなく、概して優良ドライバーであつたものと認められること (五)本件事故態様についてみれば、被告博の側に前方左右不注視の過失があることは明白であるが、他方で被害者たる七才の児童の無思慮にして突発的ともいいうべき足踏自転車による斜め横断という右折方法違反があることも明白であり、このことが本件事故惹起に至る有力な一因をなしている上に、本件事故当時は土砂降りの雨中でワイパー作動中であつたため視界が平常時に比して、不自由であつたことも本件事故の遠因をなしたものと考えられ、被告博の過失の程度は左程に大きくはなく、いわゆる軽過失に属するものであること、そのためか、刑事制裁も死亡事故であるのに罰金刑を科せられたのみであること (六)原告会社は金二、〇〇〇万円の任意保険に加入していたものであるが、本件示談交渉に際し、右保険金額でまかなえる範囲で示談を進めて貰いたい旨の懇請を被告博、同利之助から受けていたものであるのにもかかわらず、独自の判断において被害者保護のため、右保険金額を超える本件示談を締結したものであること (七)被告博は未だ若年で本件求償金を支払う能力に乏しく、被告利之助は無職無収入で経済的能力はないことが明らかである。

してみると、被告博は日常的には原告会社の指揮命令に従い誠実に労務を提供して来たものであり、本件事故も重大な過失に基因するものではなく、いわば業務の執行中に不運な諸要因が重畳して偶発的に生じた軽過失に基く交通事故であるところ、他方で被告博は本件事故に至るまで原告会社における勤務年数は五年にも満たなかつたものであるが、原告会社としても、被用者たる被告博を自動車運転を日常的に必要とする外勤に配転するに際して、被告博がその業務の執行中に事故を惹起することのないよう善良なる管理者の注意をもつて事前措置を講ずべき契約上の義務を負うものである。原告会社が昭和四五年四月に被告博をいわゆる外勤に配転するに際しどの様な配慮を行つたのか何らの主張立証はない。しかも、原告会社は、本来任意保険によつて全額まかなわれるべき本件損害賠償を、その独自の判断に基き被害者保護のため保険金額を超える本件示談を成立させたものであるところ、本件損害賠償額の算定については原告会社と被告博らとの間において意見が対立し、被告博はむしろ裁判所による適正額の判断を経たい希望を原告会社に対して表明していたものであること前認定のとおりである。そして又、原告会社がその要求に応じて調停であれ、本訴であれ司法的解決を試み裁判所による適正額の提示がなされたのであれば、その全額が任意保険により填補されたであろうし、原告会社と被告ら間において本件の如き紛争の発生する余地もなかつたであろうことが明白である。もとより、原告会社が被害者保護の精神より出て、自らの責任においてその様な示談を為すことは誠に相当であるとは考えられるものの、被告らの要望を無視して、司法的解決の労をとることなく自らの判断だけで取決めた示談額のうち任意保険により填補されない部分の一切を、若年の一被用者で且つ老齢の両親を扶養し、経済力の乏しい被告博に転嫁した上、これに求償を求めうるとすることは、公平と条理に背き、相当ではないと判断せざるをえない。

以上、原告会社と被告博との契約関係に基き、その相互の義務違反の度合を本件にまつわる一切の諸事情を比較対照して検討するときは、原告会社の被告博に対する本件求償権の行使は公平と条理に反し許されないものと考えざるをえず、結局被告博に対する本訴請求は失当として棄却を免れない。

四、原告会社の被告利之助、同芳邦に対する本訴請求は、いずれも被告博の責任の存在を前提とするものであるところ、同被告に対する求償権行使が否定せらるべきものである以上、その余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れないこととなる。

五、結局、原告会社の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秋山賢三)

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